琉球沖縄の時代と世代をつなぐワンテーマ・マガジン『momoto(モモト) 』副編集長でフリーライターのいのうえちずが、モモトの裏話を時に腹黒く綴ります。
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2009年11月13日

部落のヒヌカン

各家庭だけでもないという一例です。

道教でも、コミュニティのカマド神あるのかね?




Posted by いのうえちず。 at 13:02│Comments(5)
この記事へのコメント
よく考えたら、「村落ヒヌカン」ってかなり珍しいのでは?

火伏せの村落獅子はよくありますけど、それとはある意味真逆のものでしょう?
どう扱っていたんだろう??



…と思ってちょっとだけ調べてみたら、
『琉球王朝全体で祀られるヒヌカンや、地域で信仰されるヒヌカンもあり、最高神とされる』
のだとか。

最高神かぁ。
このあたりのバックボーンってどうなっているんだろう?

興味あるなぁ。
Posted by よーかい at 2009年11月16日 02:12
火を畏れ敬うという信仰だから、
シーサーとヒヌカンは真逆じゃないよ。
根っこは一緒。
ヒヌカンを拝むからといって、
「燃えろよ燃えろーよー 炎よ燃えーろー」
という内容ではないでしょ。
その家の生活に欠かせない火、家族の命を育む火を、
大切にするってことだもんね。

集落のヒヌカンは、必ずしもすべての集落にあるわけではないので、
その集落がどういう成り立ちなのか、
(自然発生型、計画型、屋取、もろもろ)
集落のどこにそのヒヌカンがあるのか、拝所なのかどーなのか、
元々根人んちにあったものか、誰が拝んでいるのか、
などなど、一つひとつ検証せねばなるまいよ。
まあ論文ではなく雑誌の記事なので、そこまではやらないけどよ。
Posted by ちず at 2009年11月16日 08:19
ちなみに道教ではコミュニティのヒヌカンはないらしい。
Posted by ちず at 2009年11月16日 08:19
地域のヒヌカンんは第二尚氏尚真王の時代(1477-1526)に整備された。
それは、信仰というより、中央集権体制強化の意味合いつよい。
だから、各集落のノロ、御嶽、ヒヌカンはセットで語られることが多いです。
古い集落(屋取いではなく)であればあります。
過去記事書き込みすみません。
Posted by かかずひとさ at 2012年06月11日 21:54
わー、カキコありがとうございます。

古い記事は、なんだか懐かしいです。
この後、西塘の記事を書いた時に、
おっしゃるような中央集権体制とヒヌカンとの関係について学びました。

もちろんテンペストもいいんだけど、
尚円→尚真王の時代は面白い大河ドラマになりそう。
かかずさん原作書きませんかwww
Posted by ちず at 2012年06月14日 18:54
 
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